2024.6.27 アントレプレナーシップ論にて外部講師による「アントレプレナーは倫理的であるべきか?」を開催しました

2024年6月27日、京都大学経営管理大学院「アントレプレナーシップ論」にて、東北大学 池内泰大氏、東京大学 松井克文氏、名古屋大学 岩田直也氏による「アントレプレナーは倫理的であるべきか?」と題した講義が開催された。3名の講師のうち2名は産学連携やスタートアップ支援に携わる実務家、1名は現在も哲学を専門とする研究者であり、全員が京都大学文学部西洋古代哲学史研究室出身という共通点を持つ。当日の講演では、起業家を取り巻く倫理的ジレンマについて、起業家教育の経験と哲学的知見を交えながら議論が展開された。

講演は、参加者それぞれが考える「倫理的な行為」をカードに書き出し、共有するアイスブレイクから始まった。続いて、講演者は、アントレプレナーシップにおける倫理の重要性を、その活動の特質と環境要因から考察した。アントレプレナーシップは、新規性や創造性、スピード感、不確実性といった特質を持ち、資金調達、人材獲得など多くのステークホルダーと複雑な関係性を築きながら活動する。このような状況下で、従来のビジネス倫理だけではアントレプレナーシップに特有な倫理的課題を十分に捉えきれないことが示された。

次に、アントレプレナーシップにおける3つの倫理的ジレンマとして、「イノベーターのジレンマ」「プロモーターのジレンマ」「リレーションのジレンマ」が提示された。

イノベーターのジレンマは、新しい価値を生み出す活動が、必ずしもすべての人に幸福をもたらすとは限らないという問題である。例えば、Uber社のライドシェアサービスは、移動の効率化をもたらす一方、従来のタクシー業界の雇用を脅かす可能性がある。イノベーションは社会に良い影響をもたらす可能性がある一方で、同時に負の影響も生み出す可能性があることを、アントレプレナーは認識する必要がある。

プロモーターのジレンマは、スタートアップの成功のために、投資家や顧客に楽観的な見通しを語る際、不確実な未来を「盛る」ことや、時には「嘘」に近い発言をしてしまう可能性があり、「嘘をついてはいけない」という道徳的慣習と抵触するといった事例に関わる問題である。真実を語ることは重要だが、スタートアップは革新的なアイデアや実現可能性をアピールすることが不可欠であり、そのバランスを取ることが難しい。

リレーションのジレンマは、アントレプレナーとステークホルダーの関係において、私的な関係と公的な関係が複雑に絡み合い、倫理的な判断を難しくする問題である。例えば、友人や家族がスタートアップに出資し社員になった場合、個人的関係とビジネス上の関係をどのように両立させるべきか。大学という環境においても、指導教員が学生のスタートアップに投資したり、企業が学内のスタートアップ支援に積極的に関与したりするケースは増えている。これらの関係性は、公的・私的な区別を超えて、多層的なアイデンティティに基づいた倫理的な問題を孕んでいる。

講演者は、これらのジレンマに対して自覚的に意思決定を行う指針の一つとして、倫理学において代表的な考えである功利主義義務論を紹介した。功利主義は、最大多数の最大幸福を重視する考え方であり、倫理的な行動とは、結果としてより多くの人々に幸福をもたらす行動であるとする。一方で、義務論は普遍的な行為規則を重視する考え方であり、倫理的な行動とは、誰もが従うべき義務や規則に従った行動であるとする。

参加者は、功利主義と義務論の違いを理解した上で、各ジレンマの事例に対して、それぞれの考え方を適用し、どのようにしてステークホルダーへ説得的な説明を行うことができるのか思考を巡らせた。

最後に、講演者は、アントレプレナーシップにおける倫理的ジレンマは、答えのない問題であり、丁寧な研究・対話・実践を重ねることでしか解決できないと語った。アントレプレナーシップの革新的な側面と倫理的責任の両立は、現代社会において重要な課題である。しかし、アントレプレナーが倫理的であるべきという素朴な規範的主張を超えて、新規性と不確実性を伴うがゆえに既存の倫理的規範を揺るがす可能性のあるアントレプレナーシップの活動はどのように社会に受け入れられるのか、われわれの倫理的あり方も同時に問われている、と結んだ。

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